「なんでなの!」
「どうしてできないの!」
と叫びそうになることは日常において多々あります。夫婦生活や仕事をする中でもそれはあります。ですがそこで怒ってもよいことはありません。
人を変えるより仕組みや自分を変えるほうが手っ取り早いですし、人間関係も悪化しません。人には理由があると思います。それは人は他人やことに期待するから、思い通りにしたいから。
期待が裏切られたり、思い通りに行かないと怒りを感じ始めます。
私はそういった期待や思い通りという想いを手放してからラクに生きられるようになりました。
◯他人は思い通りにはならない、だから期待しない
パートナーからよく怒られます。私はそのことに腹を立てても仕方ないので黙って聞いています。特に反論もしません、その人の正義を言っているときはその人は正しいと思い行動しているため、こちらの思い通りにならないからです。
他人は思い通りにならない、他人から見た自分、自分から見た他人も同じです。私は基本的に他人には期待しません。期待された方も迷惑でしょうし、こちらが得られると思っても得られないことが多いです。期待しないほうがラクに生きられると思います。
◯全てに感謝する
様々な怒りをぶつけられる機会は生きていればあります。私はそのたびに感謝を述べるようにしています。その指摘は他者から見たら確かにそう見えることかもしれませんので、私の悪い点だろうと思うからです。
もう一方で、怒りの矛先となった時、感謝することで萎えさせることもできます。また矛先を変えることもできます。
◯自分が怒ることは疲れてしまう
怒ることは疲れることです。私の場合、体も心も疲れてしまいます。体力も精神も健全ではない私にとって怒ることは生活を滞らせてしまうことも。精神の疾患は身体面、精神面の影響に大きく出るため、大きな感情は時に体調を崩してしまいます。
だから私は怒りません、よほどのことがない限り。
◯負の感情ほど体を蝕む
人は悪い感情ほどそれに触れ回されがちです。SNSや掲示板、Yahooニュースのコメントなど悲観的なものや怒りがぶちまけられており、目にすると感情が引っ張られます。その負の感情は容易く体を蝕みます。
怒りから暴飲暴食となったり、人当たりがきつくなったりします。そうなり始めたら危ないです。私は心がザワザワとし始めるとストレスを発散させます。
感情に振り回されるとろくなことがないです。
◯それでも怒りそうな時は、体を動かす
それでも怒りそうな時は体を動かします。スクワットや腹筋をしたり、散歩をしたり自転車を漕いだり。
そうするといつの間にか怒りはどこかへ行き、疲れとともに気持ちが開放的になります。ちっぽけなことで怒っていたのかもしれません。
人間怒りを感じる時は、自尊心を傷つけられた時が多いです。そういったプライドのようなものは一旦脇へやり、忘れるくらい別のことをすれば良いです。
それが読書やゲーム、映画や音楽、食べたり(過食はよくないけど)、寝たり。時間とともに忘れることが特効薬のように思います。
◯怒りは何も生まないから今日も怒らない
些細なことで怒りは発生することもあります。仕事中に子どもがPCの電源を落としてしまう。
それも子どもの無邪気さ故ですし、怒ってもしかたないです。あーあと思いながら再度電源を入れます。
パートナーから責められることも怒りで返していては火に油を注ぐようなもの。だから怒りません。あーあと思うだけ、ちょっと胃が痛くなりますが。
無理のない程度に我慢し、ストレスを発散させればいいはずです。
先日パートナーから

「怒ってるの?」
と聞かれたので



「怒らせるようなことしたの?なら残念だよ」
と言いました。
基本的に他人には期待しません。家族も一緒、冷淡かもしれませんがそれが処世術かもしれません。
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