都市部に暮らしていると、自然と触れ合う機会がほどんど無いです。手入れされた街路樹や公園はありますが、ほとんど手つかずの林や森というものがないです。東京近郊には奥多摩もありますが、遠いのでなかなか気軽には行けないです。
私は自然を取り込む機会として生け花をしています。もっとも純粋に上手に花を生けたい、精神疾患の作業療法としての側面などあります。
日本の古くからある文化は旧暦に沿って行われるので、生ける花も実際の季節の少し先取りになります。今は2月ですが春の花を生けています。
先取りした花を見ることで季節を識り、自宅の食べ物にも先の季節のものを取り入れます。
◯生け花を通し花を識ることは季節を感じる手段
都市部では特に季節というものを感じにくいです。田舎ならば田んぼの様子や土の匂いで季節を感じられますが、都市部では土がほとんどないです。
必然的に季節を感じる手段というものは気温や日の長さとなりますが、空調の効いた部屋にいたり、外に出る機会がなければ季節は感じにくいです。
私も以前は季節を感じられず、都市部の生活に馴染めずいたました。
それが生け花を再開してから、季節を肌で感じられるようになりました。
花に触れることは視覚と触覚と嗅覚を動員して実際の季節を識ります。先日は菜の花を生けた際は、菜の花の匂いと、柔らかい感触と、鮮やかな黄色で春を感じました。
私の住む地域は特に新興地域なので、ほとんどアスファルトなので自然の野草が少ないです。こうして生け花で草花に触れる機会は貴重です。
◯花のことを深く識ることで自然の強さを知る
生け花では花ばかりではなく、葉っぱや枝物も使います。そこで自然の力強さを知ることになります。
花は茎がつながっていないと水揚げをすることができないので、折れたりしていると、枯れてしまいます。ただ枝物は多少折れていても樹皮が繋がっていれば水揚げをします。力強いですね。葉っぱも多少細く切っても長く保ちます。
枝物も「ためる」といって力を加えて折れない程度に曲げたりできます。
そうして自然の力強さ、しなやかさを知ることで、自分の生活にフィードバックできます。
例えばしなやかさ、折れない程度に曲げる、自分の意見や生き方も折れない程度に曲げることで無理がない生き方にできます。
◯自然は内にある
養老孟司さんは、
「人間は自然の一部だから、人間も自然だよ」
のようなことを仰っていました。
確かに、人間は自然の一部です。自然から発生した人間ですから、自然から遠く離れることは難しいでしょう。自然である大気を吸って、自然である食材を取り込み、自然である水を飲む。自然に支えられているなと実感します。
最近は個人的に懇意にしている八百屋さんで旬のものを買います。今の時期はいちご、そのうち春のわらびやたけのこ、タラの芽、ふきのとうもでそうです。
春の食材を料理する時、季節を意識します。そしてその食材を取り込むことで季節を内にする、そんな感じです。
自然に触れたかったら山や里へ行くのも一つの手ですが、自然の一部の花や食材に触れることで自然を感じられます。
◯生け花は私にとって自然の手触り
生け花のお稽古の時、花や枝に触れると心がピンとなります。ちょっとヒンヤリした植物、花鋏の冷たさも相まって目が冴えます。
そして生きていると、この花の自然では得ていた頃のことに思いを馳せ、どうしたら自然であるように生けられるかを考えます。私の習う小原流は特に自然を生けることを大切にします。
自然の一部を手に取り、それを生ける。その機会は私にとって本当に大切です。
子どもに手のかかる時期ですが、長く続けて、いつかは子どもにも教えてあげたいです。
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