【幸せは感じるもの】お金では得られない体験が人生を変えた話
― 不幸を経験した私がたどり着いた本当の幸福論 ―
幸せは「手に入れるもの」だと思っていませんか?
お金、時間、健康、家族──条件が揃ってはじめて幸せになれる、と。
私もかつてはそう考えていました。
けれど、病気で働けなくなり、失業、自己破産、生活保護を経験したことで、その考えは大きく揺らぎます。
人生のどん底とも言える状況にあった私が、ある時ふと
「なんだか幸せだな」
と感じられるようになった理由。
それは、幸せを「持っているかどうか」ではなく
「感じられるかどうか」
と捉えるようになったからでした。
この記事では、私自身の体験を通して見えてきた
お金では得られない幸せについて書いていきます。
幸せは「あるもの」ではなく「感じるもの」
「幸せの青い鳥」という童話があります。
幸せを探して旅に出た子どもが、結局その青い鳥は自分の家にいたと気づく物語です。
この話が示しているのは、
幸せは存在していても、気づかなければ幸せにならない
ということなのかもしれません。
私は長い間、自分は不幸だと思い込んでいました。
病気になり、働けなくなり、自己破産し、生活保護を受ける。
そうなれば、落ち込むのも無理はないと思います。
実際、当初は鬱々とした日々を過ごしていました。
人によって違う「幸せ」の定義
ある日、図書館で同じような境遇の人が書いた本を読みました。
そこには、人生の停滞期をこう表現する言葉がありました。
「この期間は、人生の夏休み。しかも課題がない夏休みだ」
思わず
「なるほど!」
と膝を打ちました。
課題がないなら、自分で課題を作ればいい。
そう思った私は、近所の図書館で気になる本を片っ端から読むことにしました。
生活保護を受けている間は、時間だけはたくさんあります。
体調の良い日は図書館にこもり、
体調の悪い日は自宅で横になりながら、とにかく本を読む。
そんな生活を続けているうちに、ある変化が起きました。
「なんだか幸せだな」と感じた瞬間
ふとした瞬間に、
「なんだか幸せだな」
と感じたのです。
学生時代、本ばかり読んでいた頃の感覚がよみがえりました。
もしかすると、私にとっての原体験──
「好きなことに没頭する時間」
を、無意識に追体験していたのかもしれません。
幸せとは、人によって本当に違います。
- 悠々自適に暮らすこと
- 家族と過ごす時間
- お金に余裕があること
- 健康であること
多くの人は、幸せを「状態」や「条件」として捉えがちです。
しかし、その状態があっても
感じ取る力がなければ幸せにはなれません。
幸福感が鈍っていた頃の私
私の場合、障害の特性もあり、幸せを感じる感度がとても鈍くなっていた時期がありました。
自分に合わない薬を飲んでいた頃は、過度な不安に襲われ、
- 物を集めて安心しようとする
- 常にお金が足りないと感じる
- 貧困思考に陥る
といった状態にありました。
幸せを「現実に存在するもの」ではなく
「感じるもの」
と捉え直してから、少しずつ世界の見え方が変わっていきました。
不幸は人生を壊すだけのものではない
もちろん、不幸を避けることは難しいです。
事故、病気、失業、身近な人の死。
不幸は、誰にでも突然訪れます。
私自身、失業・生活保護・自己破産を同時期に経験しました。
出来事そのものは、決して良いものではありません。
けれど、振り返ってみると、
お金の使い方を見直し、働き方を考え直し、
今の私につながる重要な転機でもありました。
不幸はナイフのようなもの
不幸はナイフに似ています。
刃の部分を握れば、深く傷つきます。
けれど、柄(つか)を持てば、
人生を切り開く道具にもなります。
「人生からレモンを投げられたら、レモネードを作れ」
というアメリカのことわざがあります。
出来事そのものは変えられなくても、
解釈は自分で選ぶことができる。
私はそう考えるようになりました。
お金より体験が幸福感を残す理由
若い頃、『深夜特急』という本を読み、
どうしても香港とマカオに行きたくなり、実際に旅をしました。
当時の私にとって、数万円の出費は決して小さくありません。
それでも、現地の空気を肌で感じる体験は、
本を読むだけでは得られないものでした。
- マカオでは英語がほとんど通じないこと
- マカオタワーの世界一高いバンジージャンプは意外と怖くないこと
- ラーメンが驚くほど美味しくなかったこと
- 現地のアダルトビデオには「尼さん」という独特なジャンルがあること
これらは、行かなければ決して分からなかったことです。
体験は色褪せない財産になる
今は将来のために貯金や投資もしています。
いわば「幸せの先取り」です。
それでも、イベントに参加したり、
季節の行事を自宅で楽しんだりと、
できる範囲で体験を大切にしています(もちろん節約しながら)。
お金で買った物は、いずれ劣化し、色褪せます。
けれど、体験や思い出は、人生の中で何度でもよみがえる財産です。
たった一瞬の満足のためにお金を使うより、
後から振り返って笑える体験にお金を使う。
その方が、長く幸福感を残してくれる気がしています。
幸せの先にあったものは「平凡な日常」
幸せをたどっていくと、
最終的に行き着いたのは「平凡な日常」でした。
何事も起きない一日。
それが、こんなにも尊いものだったとは。
日常が穏やかだからこそ、
小さな出来事が鮮やかに感じられます。
幸せを探して幸せになれたかは分かりません。
けれど、不幸だと思うことは確実に減りました。
今年をどう生きるか
年が明け、新しい一年が始まりました。
これからどんな出来事が待っているのかは分かりません。
それでも、幸せを「感じるもの」として生きていけば、
ずっと不幸だと思い続けることはないはずです。
やりたいことは、まだたくさんあります。
- 子どもとの思い出
- 家族との時間
- 自分自身の成長
今年は、まだ始まったばかり。
この記事を読んでくださったあなたにも、
良い一年が訪れることを心から祈っています。

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