昨年公開された映画
プレデター:バッドランド を観ました。
「プレデター」と聞けば、圧倒的な戦闘力を誇る狩猟民族が人間を狩る――
そんな無慈悲な物語を思い浮かべますよね。
でも今作は、違う。
舞台は危険な惑星“バッドランド”。
そこにあるのは、まさかの“家族の物語”でした。
正直に言います。
え、どうしたのプレデター!?
……でも、これが不思議といいんです。
プレデター新章|“強さ”の定義が覆る瞬間

今作の主人公デクは、従来のプレデター像とは真逆の存在。
屈強でもなければ無慈悲でもない。
むしろ一族の中では“劣等生”。
しかしその弱さは、優しさからくる弱さ。
その優しさゆえに父に命を狙われ、危険な惑星へ追放される――
ここから物語は動き出します。
「孤高こそが強さ」という価値観を、映画は静かに上書きしていきます。
危険な惑星バッドランド|アンドロイドとの共闘

バッドランドは地獄のような星。
植物は襲いかかり、虫は爆発し、花は榴弾のように種子を飛ばす。
まさに命がけのサバイバル。
そこで出会うのが、下半身を失ったアンドロイド・ティア。
従来のプレデターなら破壊して終わりでしょう。
でもデクは違う。
共に行動し、助け合い、やがて小さな生物も仲間に加わる。
2人と1匹の奇妙なパーティー。
ここから物語は、ただのSFアクションではなくなります。
人類の介入|テクノロジーvs本能

バッドランドには人類の探査部隊も侵入しています。
デクが苦戦する生物を、人類は最新兵器で制圧。
文明の進歩がプレデターを脅かす構図は、シリーズの進化を感じさせます。
ここで登場するのがアンドロイド指揮官テッサ。
彼女とティアの関係もまた“家族”。
物語は「狩り」から「奪い合い」へ。
伏線回収と親子のテーマ|Disney的進化

最強生物の正体が明かされる後半。
危険な惑星の動植物は“武器”にもなる。
初代『プレデター』でダッチがジャングルの自然物を武器にした姿を思い出させます。
(あの名作、プレデター ですね)
でも今作の核はそこではない。
最強生物は“親”だった。
親子、姉妹、仲間。
血縁を超えたつながり。
ここで一気に感情が揺さぶられます。
この映画の本当のテーマ|独りよがりな欲望

テッサは人類の欲望を象徴する存在。
特殊能力を持つ生物を持ち帰りたい。
支配したい。
所有したい。
一方のデクは守ろうとする。
強さとは何か?
守ることか、奪うことか。
プレデターというシリーズを使って、ここまで哲学的な問いを投げるとは。
家族とは、困難を乗り越えた者同士の絆

この作品で私が一番心を掴まれたのはここでした。
孤高であることがもてはやされる現代。
ビジネスの世界では特にそうかもしれません。
でも、本当に強いのは“誰かと共に困難を越えた人”ではないでしょうか。
一人では折れてしまう夜も、
二人三人なら越えられることがある。
その時に生まれるものが、絆。
今作のプレデターは、その絆で戦います。
だからこそ、私は少し泣きました。
プレデターでウルッとくる日が来るとは。
こんな人におすすめ

- プレデターシリーズの新しい方向性を知りたい人
- SFアクション+ヒューマンドラマが好きな人
- 「家族」「絆」というテーマに弱い人
- 最近ちょっと孤独を感じている人
新生プレデター、ここから始まる

20世紀FOXが**20世紀フォックスからウォルト・ディズニー・カンパニー**傘下へと移ったことで、テーマ性が変化したとも言われています。
ですが、それを差し引いても。
この作品は単なる方向転換ではなく、
“進化”です。
アクション映画の皮をかぶった、
家族と強さの再定義。
私はこれからも映画館で、この新章を追いかけます。
あなたもぜひ――
バッドランドへ足を踏み入れてみてください。
きっと、思っていたプレデターとは違うものに出会えます。
そしてもしかすると、
あなた自身の“強さの定義”も、少し変わるかもしれません。

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